TENDRE POISON
~優しい毒~
『はじまりの予感』
◆◆◆◆◆◆◆◆
1-Bの教室
窓際の真ん中あたり。
そこが鬼頭 雅(Miyabi Kito)の席だ。
彼女は僕をいつも射るように見つめてくる。
まっすぐに。
かと思えば、時折とことんまで心を許しているように見える。
不思議な少女だ。
黒い長い髪。吸い込まれるような黒いガラスのような目。
白い肌に、赤い赤い・・・・・・まるで熟れたりんごような唇。
美少女だった。
クラスの半分の男が彼女に恋してるという噂を聞いたことがある。
しかし僕の授業を受けるときはあまり真面目とは言えない。
いつも睨むようにまっすぐに、僕のほうを見ていたと思えば、すっと余所見をする。
しかし、成績は常にトップ。
僕の受け持つ数学だけじゃない。全教科において……だ。
時々僕は彼女の頭の中をのぞき見たくなる。
不思議な少女だ。
P.6
「まこ~」
僕は保健室の扉を開けた。
机の前の椅子に座った白衣姿の保健医、林 誠人(Makoto Hayashi)が銀縁のメガネを直しながらこちらを振り返る。
まこ、とは大学時代からの親友だ。
僕は教師に、まこは医者に。
僕たちはそれぞれ違う道に進んでも、歩む道は一緒だった。
「何だよ、またさぼりか?」
まこは意地悪そうにちょっと笑った。
「僕がいつさぼりに来た?」
ちょっとむっと顔をしかめると、保健室のベッドに腰掛けた。
林 誠人―――
24歳、独身。
彼女いない歴3ヶ月。
182cmの長身で、切れ長の瞳が印象的な男前だ。
まこ目当てで保健室にはよく女生徒たちが集まっている。
「ちょっと気になる生徒がいて……」
僕は切り出した。
P.7
「何だよ、ロリコンか?生徒にだけは手出すなよ」
「ご忠告どうも。でも気になるってそういう意味じゃなくて……」
僕は先日行われた中間考査の答案用紙をぺらりとまこの前に出した。
「白紙……だな」
「白紙……だよね。やっぱり」
名前の欄は記入がしてあって“鬼頭 雅”となっている。
まこは名前を読み上げた。
だが、すぐに机に視線を戻すと、やりかけの書類にかかった。あまり興味が無さそうだ。
まぁ無理も無いが。だってまこにとっては興味以前の問題に、関係の有無が無いわけだから。
「そんなの追試でいいんじぇねえか?何か問題でも?」
「追試、するほど成績が悪くないんだ……」
「じゃああれだ!お前に対する嫌がらせ!」
まこはぽんと手を打った。
嫌がらせ……
される覚えはないんだけど。
「お前何か恨み買ったんじゃないか?」
まこは無関心そうにさらりと言ってのけた。まぁ、昔から他人のことにあまり興味を持たない性格だからしょうがないっちゃ、しょうがないが。
でも―――
恨み……?
P.8
僕は俯いた。
その言葉が心に響く。
「あ~!俺が悪かった。そんなに落ち込むなよ」
別に落ち込んでるわけじゃない……
ただちょっと、考えてただけだ。
「楠 乃亜の自殺未遂はお前のせいじゃない。
お前はずっと相談に乗ってたんだろ?」
まこは唐突に言い出した。
本当に……唐突に……
それは僕がずっと抱えてる悩みでもあり、謎でもあった。
彼女は何故自殺なんて図ったのか。
「そうだけど……
結果的に僕は彼女を救えなかった」
「死にたい奴はどうあっても死ぬさ。
お前が救えるんなら楠はとっくに救われてた」
まこは冷たくそういい切る。
でも……
本当にそうだろうか?
「ほれ、今月分の薬」
そう言って薬の紙袋を手渡される。
「……いつもありがとう」
楠が自殺を図ってから僕は眠れなくなった。
食事も喉を通らなくて、一時は一か月で5キロも痩せた。
まこが大学病院で貰ってくれる睡眠薬がなければ、今でも眠れない。
眠ったままの楠が早く目を覚ませばいいな、と願わない日はない。
P.9
僕は去年、楠のクラスの担任だった。
何かに悩んでいることがあるらしく、楠はいつも下を向いていた。
元来、明るい性格なのに。
あるとき僕は「何か悩み事があるの?」と問いかけた。
楠はそのとき
「好きな人がいるけど……
絶対に許されない恋で」
と言った。
許されない恋……
「ふ、不倫はだめだよ!」
すると楠はぷっと吹き出して、
「やだぁ、そんなんじゃないよ」と笑っていた。
その笑顔が今でも離れない。
「雨……止まないな……」
まこがペンを止めて言った。
保健室の窓から見える雨空はどんよりと暗く、
まるで僕の心のうちを現してるように思えた。
それともこれから起こる悲劇を……
予兆して悲しんでいたのかもしれない。
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