TENDRE POISON 

~優しい毒~

『赤い糸』

◆午前8時の思惑


 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

学校に来ると、教室が騒がしかった。

 

 

あたしが教室の扉を開けるとみんながあたしを注目する。

 

 

なに―――?

 

 

嫌な雰囲気が流れてる。

 

 

 

「鬼頭!」沈黙を破るように最初に声を掛けてきたのは梶だった。

 

 

あたしの後ろで勢い良く扉を開ける音がして、振り返ったらまさに鬼の形相とも言えるべく顔色を変えた明良兄が立っていた。

 

 

「ねぇ、あれって楠先輩じゃない?」

 

 

「キャ~かっこいい♪」

 

 

「楠先輩だ。恐えぇ」

 

 

なんて方々からひそひそ話が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

明良兄、学校では他人同士だって言ったのに。

 

 

何でここに来たのよ。

 

 

心の中で怒って顔をしかめていたけど、そんなのは今の明良兄に通じないみたい。

 

 

形の良い眉を吊り上げて、目の色が険悪な光を帯びている。

 

 

「ちょっと来い」

 

 

怒ったままあたしの腕を乱暴に引っ張ると、明良兄はくるりとあたしに背を向けた。

 

 

「鬼頭!」梶が何か言いたそうにあたしと明良兄を見ていたけど、明良兄が一睨みしたら硬直したように気をつけの姿勢をした。

 

 

さすが明良兄。たったの一睨みであの梶さえ黙らせるんだから、

 

 

なんて妙なところで感心してる場合じゃない。

 

 

 

 

 

明良兄はあたしの手を引いてどんどん人けのない廊下へと進んでいく。

 

 

「明良兄ちょっと、どこ行くの?」

 

 

あたしは小声で聞いたけど、明良兄は何も答えてくれない。

 

 

 

 

明良兄―――

 

 

なんで怒ってるの?

 

 

 

 

 

 

P.182


 

 

完全に人の気配が消えた廊下の片隅。

 

 

この辺は使ってない音楽室やら美術室やらがある。生徒たちからちょっと恐がられてる場所で今は不良のたまり場になってる。

 

 

古い美術室の前で明良兄はようやくあたしの腕を離してくれた。

 

 

代わりに、

 

 

「これ!どうゆうことだよ!」

 

 

と一枚の紙を見せてきた。

 

 

その一枚の紙はどうやらホームページの一部を印刷したものだった。

 

 

あたしはその紙を受け取って覗き込み、目を見開いた。

 

 

紙の一面にはあたしが卵焼きを神代に食べさせてるシーンがアップで映っていた。

 

 

「禁断の恋!イケメン数学教師と秀才美少女」と大げさな見出しを見てあたしはそれを読み上げた。

 

 

あの時の不自然な光は、フラッシュの光りだったんだ。

 

 

 

でも、

 

 

「何これ。もっとまともな見出しを考えられなかったの?」

 

 

あたしが取り澄まして言うと明良兄は苛々したように腕を組んだ。

 

 

「お前、何で平静でいられるんだよ。これがどうゆう状況か分かってんのか?これが校内に行き渡ってんだよ!」

 

 

 

 

「分かってるよ!」

 

 

あたしも思わず怒鳴り返していた。

 

 

誰かに何かを怒鳴るなんて始めてのことだ。

 

 

 

そう、あたしだって平常心ではいられていない。

 

 

二人の関係を暴いて、神代を教職の席から引きずりおろしてやるとは考えてるけど、今はまだその時期じゃない。

 

 

それが最適な方法だと判断するにはまだ早い。

 

 

あたしにはまだまだやるべきことがたくさん残ってる。

 

 

 

 

まだまだ傷つけ足りない―――

 

 

 

 

 

 

P.183


 

 

「どうすんだよ…」

 

 

明良兄が急に肩を下げるとうな垂れて言った。

 

 

「これ撮ったのって誰なんだろ?」

 

 

「誰かは分かんねーけど、学内HPを作成してるのは新聞部だ。ったく、暇な奴らだよ」

 

 

明良兄が舌打ちした。

 

 

「新聞部の方は任せて。この仕打ちは倍にして返してやるから」

 

 

あたしは親指の爪を噛んだ。

 

 

 

 

きっと、神代とあたしは呼び出されるだろう。

 

 

神代とは何もない。事実無根だから神代が辞めさせられることもないし、あたしが退学させられることもない。

 

 

しかも証拠と言う証拠がこんな写真一枚だからあまり意味を持たないだろう。

 

 

だけど神代は……?

 

 

この事実を知って、しばらくあたしには近づかないかも。

 

 

それにあの保健医は?

 

 

怒ったら何をしてくるか分からない。

 

 

 

 

 

 

深く息を吸い目を閉じて、あたしは頭の中で計算した。

 

 

 

 

 

 

どうすればいい?

 

 

どうすれば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

P.184


 

 

 

神代に近づけないのなら、先に保健医を何とかするか―――

 

 

 

 

あたしは目を開けた。

 

 

目の前で明良兄が腕組みをして、壁にもたれかかってる。

 

 

「明良兄、教えてくれてありがと。あともう一つ頼まれてくれない?」

 

 

 

――――

 

――

 

 

一時限目はさすがに出席する気分になれなかった。

 

 

どうせ音楽の時間だ。サボったって何のマイナスにもならない。

 

 

気がかりと言えば、

 

 

 

梶―――

 

 

あたしが教室を出て行くとき、困惑したようなそれでいて哀しそうな顔してあたしを見つめていた。

 

 

 

 

梶は何も知らない。

 

 

いつだったかこんなことを言ってたね。

 

 

 

『俺、お前のこともっと知りたいかも……

 

知って、お前が泣かなくていいように強い人間になりたい』

 

 

 

梶……ごめん、あたしのこと知ったらきっと幻滅する。

 

 

そんなこと言ってくれるの梶だけなのに、

 

 

 

あたしはその手を振り払おうとしてるんだね。

 

 

 

 

ホントに酷い女だよ。ごめん……

 

 

 

 

 

P.185


 

 

 

「今のところ誰もこの前を通ってない。雅、急げよ」

 

 

パソコン室の扉に張り付いて、明良兄が廊下の様子を窺っている。

 

 

「分かってる」

 

 

急かされたつもりはないけど、後ろ暗いことをしているからかな?

 

 

あたしのキーを叩く指はほんの少し震えていた。

 

 

 

カタカタカタ……

 

 

しんと静まり返った教室にキーボードを叩く音だけが響く。

 

 

時間はそれほどかからなかった。

 

 

最後にEnterキーをパチンと押して、仕上がりだ。

 

 

 

あの写真をHPに掲載した新聞部にはたっぷりと仕返しをお見舞いしてやらなきゃ。

 

 

あたしの計画を邪魔して!!

 

 

ムカついたからサーバーにウィルス送り込んで、データを全部処分してやった。

 

 

それこそ今まで溜めていたものも、これから掲載する予定のものも全部、ね。

 

 

 

 

 

 

あたしを鬼だという人間はきっとごまんといるだろう。

 

 

鬼でも悪魔でも何でも言うがいい。

 

 

 

 

何と言われようと、邪魔するヤツは容赦しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.186


 

 

 

「完了」

 

 

あたしがにっこり微笑んで明良兄を見た。

 

 

明良兄は少し呆れたように肩をすくめて、

 

 

「よくやるよ」と呟いた。

 

 

「ま、俺としても雅が退学にでもなったらいやだったから良かったけど」

 

 

少し照れくさそうに鼻の頭を掻く。

 

 

「簡単には退学にならないよ」

 

 

しかも、こんな写真一枚で退学なんて尚更無い。

 

 

あたしはパソコンの電源を切った。

 

 

 

 

「ホントに?」

 

 

気がつくとすぐ近くに明良兄が立っていた。

 

 

パソコンの電源を切るのに夢中で気づかなかったってのもある、ホントに近くだったからびっくりして、思わず後退した。

 

 

「ならないって。乃亜姉のためにも」

 

 

「俺が言ってんのは、ホントにあいつとは何もないのか?ってこと」

 

 

いつになく真剣な目。切れ長の形の良い目の底で何かが光っていた。

 

 

「何もないって。そこどいてよ。次、授業行かなきゃ」

 

 

あたしは明良兄を押しのけて、ドアに向かおうとした。けど、その手を明良兄が掴む。

 

 

 

 

明良兄はあたしを引き寄せると、耳元でそっと囁いた。

 

 

 

 

「雅、ミイラ捕りがミイラになるなよ」

 

 

 

ぞっとするぐらい低い声。

 

 

怒気を含んだその声にあたしはほんの少し身震いを覚えた。

 

 

 

「大丈夫だって。あたしを信じてよ」

 

 

 

 

 

P.187


 

 

 

『1-Bの鬼頭、鬼頭 雅至急職員室に来るように』

 

 

鐘がなるとほぼ同時にマイクを通して放送で担任の声が響いた。

 

 

あたしと明良兄は同時に顔を見合わせた。

 

 

「きたか」

 

 

「雅、大丈夫か?」

 

 

明良兄がさっきの怖い顔を消し去り、眉を寄せて心配の表情であたしを見た。

 

 

「大丈夫だって。だって何も悪いことしてないんだよ。明良兄は心配しすぎ」

 

 

あたしはちょっと笑って何でもないように手を振った。

 

 

ホントはちょっと不安なんだ。何もないって話がどこまで通じるのか。

 

 

でもそんなこと明良兄には言えない。

 

 

あたしはなんでもない素振りで今度こそ明良兄と別れてパソコン室を出た。

 

 

 

―――

 

 

呼んでいたのは、担任ではなかった。

 

 

職員室に行くと、あたしは校長室へ行くよう言われた。

 

 

初めて入る校長室。

 

 

大きくて立派な机に、棚には部活のトロフィーや楯が飾ってある。

 

 

校長先生と面と向かって話すのは初めてだ。

 

 

口ひげを生やした小さなおじいちゃんだった。

 

 

「鬼頭 雅さん?」

 

 

確認の為に聞かれて、あたしは「はい」と小さく頷いた。

 

 

声も温和な方で怖い感じはしない。そのことにほっとする。

 

 

トントン、とノックの音がして、

 

 

「失礼します。遅くなりまして」と神代が顔を出した。

 

 

顔色が悪い。

 

 

ま、無理もないか。

 

 

 

 

 

P.188


 

 

「君たちのことはホームページで拝見したよ」

 

 

重苦しい空気の中、校長先生がおっとりと切り出した。

 

 

「一教師が特定の生徒と親密になるのはねぇ」

 

 

校長先生の言葉に、神代は頭を下げた。

 

 

「は。申し訳……」

 

 

「神代先生は関係ないんです。あたしが勝手にやったことだし」

 

 

神代の言葉にかぶせてあたしが言った。

 

 

校長先生は興味深そうに目を細めた。

 

 

 

 

「ほう。では君が神代くんに熱をあげてるって言うわけかね?」

 

 

熱をあげてる、って今時言わねぇよ。心の中で思わず悪態をついてしまった。

 

 

「本気で先生のことを好きとか、そんなのじゃないんです。確かに、神代先生は尊敬できる先生でもありますが、あれは一種のコミュニケーションでして、深い意味はありません」

 

 

あたしは胸をはって堂々と言い切った。

 

 

 

下手な言い訳は通じない。正々堂々としてるのが一番だ。

 

 

神代は目を開いてあたしをちょっと見た。

 

 

 

校長先生は目をぱちぱちさせながら、あたしと神代を見比べてる。

 

 

「まぁ神代先生は人気がありますからねぇ」

 

 

そう楽しそうに言って口ひげに手を伸ばす。ちょっと整えると、

 

 

「今回の件は大げさに取り上げた新聞部にも問題があるでしょう。鬼頭さんも学年首位ですし、ま、今回はいいです」

 

 

とあっさりとあたしたちに背を向けた。

 

 

 

 

「ただし、これ以上のことがありましたら、私としても考えなければなりません。そのことをよぉく頭に入れておくように」

 

 

 

 

 

 

P.189


 

 

「「失礼しました」」

 

 

あたしたちは揃って校長室から出た。

 

 

ほっと胸を撫で下ろす。正直、ちょっと緊張してた。

 

 

「鬼頭、……ごめんな」

 

 

何故か神代が眉を寄せて神妙そうな顔であたしに謝った。

 

 

「別に。先生が謝ることないよ。あれはあたしが悪いもん」

 

 

 

 

「いや、僕が軽率過ぎた。……しばらくは、手伝いはいいよ。二人一緒にいるとまた噂されるから。鬼頭に悪いし」

 

 

ちょっと伏せ目がちにつぶやいた横顔は疲れているようで、それでも何故か可愛いと思ってしまうあたしはどこか変なのだろうか。

 

 

そしてそれと同時に胸の奥がズキリと痛んだ。

 

 

あれ?なんだろ……この痛み…

 

 

 

 

キリキリと締め付けられるようだ。

 

 

あたしは心臓のあたりを押さえた。

 

 

 

「……悪い…なんて思わないでよ。あたしは先生と噂されたことで傷ついたりなんてしてないもん」

 

 

 

あれ?あたし何言ってんだろ。

 

 

でも、止まらない。

 

 

 

 

 

「あたし…先生とならいくらでも噂されてもいい」

 

 

 

 

 

 

P.190


 

 

 

 

 

あたし…変だ。

 

 

絶対おかしい。頭のねじが一本外れちゃったみたい。

 

 

動悸がするし、呼吸困難を起こしかけてる。

 

 

 

あたしは心臓の辺りを抑えて、その場にしゃがみこんだ。

 

 

「鬼頭!」神代の声が遠く、近くで聞こえる。

 

 

 

鬼頭―――!

 

 

 

 

 

もっと……もっと名前を呼んでよ。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

頭が重い。動かそうとするとくらくらする。

 

 

「―――よっ!」

 

 

声がして、あたしは目を開けた。

 

 

目の前に保健医の顔がアップであってあたしはびっくりして飛び上がりそうになった。

 

 

「ど、どうしてあんたが…」

 

 

「俺様はあんたっつー名前じゃねぇよ。もう名前を忘れたのか?」

 

 

保健医はふくれっつらをした。

 

 

白衣を着て聴診器を首からぶら下げている。

 

 

周りを見渡したら、壁やすぐ窓にかかっているカーテンが全部清潔そうな白一色だった。

 

 

 

 

保健室……?

 

 

 

 

 

 

 

P.191


 

 

 

「…あたし、どうしたんですか?」

 

 

布団を顔まで引き上げて、あたしは恐る恐る聞いた。

 

 

「どうしたって、また倒れたんだよ。お前、よく倒れるな。大丈夫か?」

 

 

保健医の手がにゅっと伸びてきて、あたしの額にそっと触れた。

 

 

 

なに?

 

 

こいつ、いつになく優しい……。

 

 

気持ち悪いんですけど。

 

 

でもこれはチャンスかもしれない。保健医に近づく。

 

 

 

 

「昔から貧血持ちなんです。考え事してたり頭使ったりすると急に倒れることがあって」

 

 

あたしは保健医の手から逃れるように体をずらすと何とか答えた。

 

 

「貧血―――か。貧血を甘く見るなよ。貧血も立派な病気だ」

 

 

保健医は真面目くさった顔であたしを覗き込んだ。

 

 

 

 

なんか調子狂う。

 

 

今日は何でそんなに普通なの?

 

 

もっと、何か言われるかと思ってたから尚更だ。

 

 

 

 

あたしが訝しんで、保健医の目の奥を覗き込もうとしていると、

 

 

「なんだよ?」と不機嫌な声が返ってきた。

 

 

 

 

保健医は無断でベッドの端に腰を下ろすと、

 

 

「俺、お前のこと見くびってたかも」と言い銀縁のメガネをちょっと直した。

 

 

 

すうっと息を吸うと、至極真剣な顔で、

 

 

 

「お前、何者だ?」

 

 

 

と聞いてきた。

 

 

 

 

 

 

P.192


 

 

 

あたしは目をぱちぱちさせた。

 

 

そんな質問初めてだ。でも、保健医はふざけて聞いてきているわけではなさそうだし。

 

 

保健医が何を考えているのか全く読めなかった。

 

 

あたしの方こそ「何考えてるんですか?」って聞きたいよ。

 

 

こいつ…神代より難しいかも…

 

 

 

あたしはゆっくりと半身を起き上がらせた。

 

 

「……ただの女子高生ですけど」

 

 

ややあってあたしは何とか答える。

 

 

「普通の女子高生が、パソコンサーバーにウィルス送ったりなんかするか?」

 

 

保健医は形の良い片方の眉を器用にちょっと吊り上げた。

 

 

 

 

あたしは息を呑んだ。

 

 

だってウィルスを送った痕跡なんて残していなかったのに。

 

 

ウィルスはサーバーにアクセスしたコンピューターすべてに住みついて被害を与えるタイプのもので、通常のウィルス検出ソフトでは検出できないように細工を施してある。

 

 

絶対にあたしがやったって分かるはずないのに。

 

 

あたしがごくりと喉を鳴らすと、

 

 

 

 

「沈黙は肯定の意味ってとっていいんだな?」

 

 

と保健医が言い、優雅に足を組んだ。

 

 

沈黙が流れる。

 

 

 

 

少ししてあたしは重い口を開いた。

 

 

 

 

「何で気づいたんですか?」

 

 

 

 

P.193


 

 

「やっぱりお前か」

 

 

保健医は苦い表情を作って、無造作に前髪をかきあげた。

 

 

エロ保健医。

 

 

こんなときまで仕草に無駄がなく色っぽい。

 

 

神代が好きになったのも、こんなところなのかな。

 

 

 

なんて考えてると、

 

 

 

 

「カマかけただけだ」

 

 

と真顔でこちらを見て言い放った。

 

 

 

は!?カマ……

 

 

 

あたしは目を開いた。

 

 

 

「さっき廊下を歩いてたら、新聞部の連中がパソコンがウィルスにやられたって騒いでた。最初水月の仕業かなって思ったけど、あいつそんなに陰険じゃねーし」

 

 

悪かったわね、陰険で。

 

 

「他に得する奴って言ったらお前しかいねぇからな。消去法だ」

 

 

保健医は得意げに言って両手を後ろに突いた。左手の先があたしの足にあたってあたしがちょっと足をずらす。

 

 

 

ムカツク奴。

 

 

その高い鼻っ柱へし折ってやりたい。

 

 

 

 

 

 

 

P.194


 

 

「神代先生じゃなければ、あたしって考えは分かります。でも、普通に考えたらありえない話じゃないですか?

 

 

女子高生がウィルスを送り込むなんて」

 

 

あたしがちょっと口の端を曲げて笑った。

 

 

すると保健医も同じように皮肉そうに笑った。

 

 

「普通に考えたらな。でもお前は何か普通そうじゃなかったから」

 

 

とよく分からない理由の返答が返ってきた。

 

 

 

でもここで怯んだらあたしの負けだ。

 

 

ここまで来て負けるわけにはいかないんだよ。

 

 

 

 

深呼吸して息を整えると、あたしはちょっと笑った。

 

 

「先生って思ったより頭がいいですね。勘がいいって言うのかな。でもそう言う男の人嫌いじゃないですよ?」

 

 

あたしの言葉に保健医は涼しくふっと笑った。

 

 

見る角度によっては不適ともとれる笑みだった。

 

 

 

 

「俺も、お前みたいな女嫌いじゃないよ」

 

 

 

 

あたしは目を開いた。

 

 

何だかなぁ。

 

 

この男―――難しい。

 

 

 

 

「なあ、一つ聞いていいか?」保健医はことさらゆっくりと切り出した。

 

 

あたしも同じぐらいゆっくりと頷いた。

 

 

 

「ウィルス送り込んだのは、水月の為?それとも自分の為?」

 

 

保健医の質問に少し悩んだものの、あたしの答えは早かった。

 

 

 

「そんなの自分の為に決まってるじゃないですか」

 

 

こいつに何言っても無駄だ。偽りなく自分の感情で話すのが一番と踏んだ。

 

 

 

 

保健医は喉の奥でくっくっと小さく笑った。

 

 

「おもしれー女」

 

 

 

 

 

あたしは鼻白んだ。

 

 

 

 

こいつ……難しい。

 

 

 

 

 

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