TENDRE POISON 

~優しい毒~

『陰謀、企み、そして恋心』

◆午前3時のチョコ


 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「さいてー」

 

 

鬼頭はそう言って出て行ってしまった。

 

 

僕は追いかけることもできなかった。

 

 

鬼頭の言ったとおり、僕は最低だ。

 

 

鬼頭をまこと間違えるなんて……

 

 

 

 

ピンポーン

 

 

 

 

ソファの上で頭を抱えてると、インターホンがなった。

 

 

誰だろう。こんな時間に……

 

 

「はい」

 

 

インターホンに向かって気のない返事をする。

 

 

『あ、俺』

 

 

 

 

 

……!

 

 

 

 

僕は慌てて、扉を開けに走った。

 

 

ガチャリと音を立てて、扉を開けるとまこが突っ立っていた。

 

 

「よ!」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「単なる気まぐれ。ほれ、差し入れ」

 

 

そう言ってまこは僕にケーキの箱のようなものを手渡した。

 

 

 

 

 

「お前んちで一杯やろうかと思ってね」

 

 

 

 

 

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我が物顔でソファにどさりと身を沈めたまこは思い出したように、

 

 

「鬼頭、来てたみたいだな」

 

 

と、さらりと言った。

 

 

 

どきりとした。

 

 

 

残り香―――

 

 

ここにはまだタンドゥルプアゾンの香りが残ってる。

 

 

 

 

 

まこには散々釘を指されている。

 

 

 

 

鬼頭 雅に近づくな―――と。

 

 

 

まこは綺麗に整った眉をちょっと下げて、

 

 

「そんな顔するなよ。別に咎めてるわけじゃない。俺にあれこれ言う権利もないしな」

 

 

と言った。

 

 

まこは立ち上がり、キッチンへ行くと冷蔵庫を開けて中身を勝手に漁った。

 

 

 

 

 

「お前のTシャツ着てたよ。俺は気づかないふりしたけど」

 

 

僕は目を開いた。

 

 

「彼女と会ったの?」

 

 

 

「偶然な。たちの悪いナンパ野郎に絡まれてた」

 

 

 

ナンパ男に絡まれてた!?

 

 

 

僕は顔面を蒼白にさせた。

 

 

 

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僕が追いかけなかったからだ。

 

 

「どんなことがあったのか知らねーけど、お前のせいじゃない。気をもむなよ」

 

 

でも……

 

 

たまたま、まこが近くにいたからいいものを、誰もいなかったら!?

 

 

 

僕の頭に楠 乃亜の姿が過ぎる。

 

 

 

 

遠くでビールの缶のプルトップを開ける音がした。

 

 

いつの間にかまこはソファに座って、勝手にビールを飲んでる。

 

 

 

「ナンパ野郎はおっぱらってやったよ。ついでに鬼頭を家まで送ってった」

 

 

「そう……」

 

 

少しほっとした。

 

 

まこが一緒なら心配ない。

 

 

 

 

 

「で?鬼頭は何でお前のTシャツ着てたんだ?」

 

 

まこが目を細める。

 

 

返答によっては、許さないぞと含まれていた。

 

 

さっきあれこれ言う権利ないって言ってたくせに。

 

 

やっぱ言う気満々じゃん。

 

 

 

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「僕が水をこぼしちゃったから、着替えてももらった。それだけだよ」

 

 

「そうか」

 

 

まこは短く返事を返して、それ以上は深く突っ込んでこず、再びビールに口をつける。

 

 

「食わないの?パティスリーメゾンのケーキ。お前ここの店のケーキ好きだったろ?」

 

 

そう言ったまこはいつも通りのまこで、別段僕が彼女を家にあげたことを怒ってる風でもなかった。

 

 

 

 

僕はまこの隣に腰を降ろし、ケーキの箱を開けた。

 

 

箱にはいちごのショートケーキに、ガトーショコラ、ニューヨークチーズケーキが入っている。

 

 

僕が好きな種類のケーキばかりだ。

 

 

何にしようか迷ってると、にゅっと手が伸びてきてガトーショコラが手で掴まれた。

 

 

まこは手づかみでガトーショコラを口元に運ぶと豪快に口をあけてがぶりと一口いった。

 

 

「お前、明日のこと覚えてるだろうな?」

 

 

ガトーショコラを食べながら、まこが言った。

 

 

手についたチョコを舐め取る仕草にどきりとしてしまう。

 

 

僕は慌てて目を逸らした。

 

 

そして別のことを考える。

 

 

 

 

なんだ。そのことを確認しにわざわざ来たのか。

 

 

 

 

 

「覚えてるよ。合コンのことでしょ」

 

 

 

 

 

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僕はイチゴのショートケーキを食べることにした。

 

 

付属のプラスチックのフォークで一口切る。

 

 

「可愛い子揃えとくっていってたから期待しろよ」

 

 

そう言って僕の胸をどんと拳で叩く。

 

 

「……うん」

 

 

 

 

合コンかぁ。はっきり言ってあんまり乗り気じゃないんだよね。

 

 

でも……

 

 

 

彼女ができれば、まこのこと忘れられるのかなぁ。

 

 

彼女ができれば、鬼頭のことを考えることもなくなるのかなぁ。

 

 

 

 

鬼頭……

 

 

 

こんなこと考えてる僕は本当最低だよ。

 

 

 

 

だから忘れて。

 

 

 

こんな酷い男のことなんて―――

 

 

 

 

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―――――

 

―――

 

 

次の日の学校で、鬼頭を見かけることはあったけど彼女と目が合うことはなかった。

 

 

気づいていないのか、それとも敢えて存在を無視してるのか……

 

 

どちらとも分からない。

 

 

 

 

 

数学の授業をしていると、窓の外でマラソンを走ってる生徒たちがいることに気づいた。

 

 

鬼頭もその一人だ。

 

 

彼女はこの前と同じジャージ姿でポニーテールを揺らしている。

 

 

彼女はマイペースにトラックを走っていた。

 

 

 

男でも女でも不良でも優等生でも顔の造形とか関係なく、どんな生徒も可愛く見える。

 

 

でも、やっぱりダントツは鬼頭だな。

 

 

顔は確かに整っているが、その反面反抗的な態度を取る。かと思ってたら突如胸のうちに入り込んでくる。

 

 

あの、とりとめのない『生徒』は僕の『教師』としての興味が惹かれる。

 

 

 

 

 

こんなこと考えてる僕は変なのだろか…

 

 

 

 

――――――

 

―――

 

 

放課後、今日鬼頭には手伝いをしなくていい、と断りをいれてある。

 

 

昨日そのことを伝えたら、

 

 

「そっか。飲み会があるっていってたもんね」

 

 

何も気にしてないようだった。

 

 

飲み会に変わりはないが、

 

 

 

 

 

僕の心がチクリと痛む。

 

 

 

 

 

 

 

 

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合コンは3対3らしく、同じ学校の現国教師……僕より3つ年上の和田先生も参加だった。

 

 

そのことにほっとする。

 

 

男がまこと二人だったら、僕は強引なまこに女の子と無理やり引っ付けられそうだったから。

 

 

合コンは駅前の居酒屋で行うことになった。駅前のロータリーで男三人待ってると、

 

 

「遅れてごめんなさ~い」

 

 

そう言って現れたのは、いつかの女の人だった。

 

 

千夏とか言う……

 

 

 

 

 

そう、まこの彼女だ。

 

 

 

僕の隣でまこはひらひらと手を振っている。

 

 

「いいよ。俺らもそんなに待ってなかったし」

 

 

優しい声。

 

 

千夏さんにはそんな風に話すんだね。

 

 

 

 

 

 

心臓がずきずきと痛む。

 

 

 

今すぐに帰りたい―――

 

 

 

 

 

 

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人数分のビールやカクテルを頼んで、

 

 

「じゃあ自己紹介から」

 

 

と、まこが切り出した。

 

 

「アミで~す。千夏とは先輩、後輩の中で~す」

 

 

アミと名乗った女の人はショートカットがなかなか可愛い背の高い女の人だった。

 

 

「エマです。よろしく」

 

 

控えめに答えた彼女は、黒くて長い髪、黒い瞳が印象的だった。

 

 

長い髪は綺麗に巻いてあって、どことなく雰囲気が……

 

 

 

 

 

 

鬼頭に似てる。

 

 

 

 

「……き、水月!」

 

 

わき腹をつつかれて僕ははっとなった。

 

 

「自己紹介!」まこが囁くように咎める。

 

 

「あ、うん…。神代 水月です。よろしく」

 

 

合コンなんてあまりこないし、正直何を話していいのか分からない。

 

 

曖昧に頷いて一同を見渡すのが精一杯。

 

 

 

 

 

 

「きれいな名前。どんな字を書くんですか?」

 

 

 

そう聞いてきたのはエマさんだった。

 

 

 

 

 

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「水に月って書きます」

 

 

「へえ。ステキな名前」

 

 

エマさんが手を合わせた。

 

 

白い頬にピンク色が差す。

 

 

肌の白さとか……ますます鬼頭と似てる。

 

 

「ちょっとエマ、抜け駆け禁止!」アミさんがエマさんをちょっと睨んだ。

 

 

エマさんは益々顔を赤くした。アミさんが言ったことが本気なのか冗談なのか分からず僕は苦笑い。

 

 

 

ビールが運ばれてきて、僕たちは乾杯した。

 

 

まこと千夏さんは僕の目の前で、ラブラブな様子だ。いや、ラブラブとか言いすぎかな。

 

 

ちょっとしたやり取りが僕の中で不快に暴れまわっている。

 

 

僕はその二人から目を逸らして、ビールを煽った。

 

 

 

 

「水月くん、お酒強いんだ」

 

 

隣に座った確かエマさんと言ったか、彼女が頬を上気させて笑顔で聞いたきた。お酒にそれほど強くなさそうに見える。

 

 

笑った顔も鬼頭に似てる……といいたいところだが、

 

 

 

それは違った。

 

 

 

 

 

鬼頭の笑顔はもっとこぼれるような、太陽みたいな笑顔なんだ。

 

 

 

 

僕は頭を振った。

 

 

違う!彼女は……エマさんは鬼頭とは違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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僕はどうかしてる。

 

 

エマさんを見てると、どうしても鬼頭を思い出す。

 

 

彼女とエマさんを比べてしまう。

 

 

僕がビールを一口飲むと、掘りごたつの下で僕の足を誰かが軽く蹴った。

 

 

前を向くと、まこが目を細めて僕のすぐ隣を目配せしてる。

 

 

 

僕が隣を見ると、エマさんが一人寂しそうにカクテルを飲んでいた。

 

 

他の二組はそれぞれ仲良く話し込んでる。和田先生はどうやらアミさんが気に入ったようだ。

 

 

話しかけろってこと??僕が目で聞くと、まこは「分かってんだろ?」と目を細めて頷いてきた。

 

 

やれやれ。まこのお節介も時々面倒だ。

 

 

それでも僕は、女性一人寂しそうにしているエマさんが気になり、

 

 

「あ……エマさんはお酒強いの?」僕は何とか聞いた。

 

 

「え?ううん…。そんなには。でも飲むのは好きなの」

 

 

エマさんは嬉しそうに答えた。

 

 

「僕はおつまみにチョコとかドーナツとか食べるんだ。変かな?」

 

 

「ううん!変じゃない。あたしも!あたしもチョコ大好き。新作が出るとすぐ買っちゃうの」

 

 

「僕もだ。あと期間限定とかに弱いんだよね」

 

 

「わかる~」

 

 

エマさんは楽しそうだ。

 

 

向かい側のまこも何やら満足げな顔してる。

 

 

 

 

 

これでいいんだ……

 

 

 

 

これで―――

 

 

 

 

 

 

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